東京地方裁判所 昭和28年(ヨ)4021号 決定 1953年8月19日
申請人 日本電気産業労働組合
被申請人 電気事業連合会 外九会社
主文
申請人と被申請人らとの間に昭和二十七年十二月十八日締結された労働協約が昭和二十八年九月十八日まで有効であることを仮に定める。
申請費用は被申請人らの負担とする。
(無保証)
理由
一 申請人組合は被申請人ら九電力株式会社の経営にかかる電気事業に従事する従業員を以て組織する全国的規模の単一労働組合であり、東京都に中央本部を、北海道、東北、関東、中部、北陸、関西、中国、四国、及び九州の九地方に各地方本部を、都府県又はその他地域に支部、その下に分会を置くものである。
申請人組合と被申請人ら九会社及び電気事業経営者会議(各会社の連絡を目的とする連合体)との間には昭和二十六年一月二十七日統一労働協約が締結されておつたが、昭和二十七年四月の改訂期に、その改訂について紛議を起し、長く争議を続けていたが中央労働委員会のあつせんの結果、双方は同年十二月十八日漸くその調停案を受諾し、仮協定書に調印した。なお当時電気事業経営者会議は電気事業連合会と改められていたので、電気事業連合会の名で九会社と並んでこれに調印した。
右元協定によると、「労働協約は調停案通りとし、有効期間は六ケ月とする」と定められているので、労働協約は調停案による改訂の限度で改訂され、調停案に触れなかつた従来の協約の部分は従来どおりとし、新協約は右仮協定が成立した昭和二十七年十二月十八日効力を生ずることとなり、その有効期間は向う六ケ月間即ち昭和二十八年六月十八日までとなつたところが労働協約第三十六条には「この協約の全部又は一部の改訂の申入があり、交渉が続行されている間は三ケ月を限りこの協約の効力を延長するものとする」と定められている。以上の事実は当事者間に争がない。
二 被申請人らは、右第三十六条の規定は事情の変更により、当然効力を失つたものと主張する。すなわち(一)電気事業の再編成により昭和二十六年五月一日新に現在の被申請九電力会社が設立発足し、独立採算制による経営に移行し、本件仮協定書調印前において、既に従来のような電産との間に全国的な統一労働条件を含む単一労働協約を締結することが許されない事情となつていたが争議を終了させるため中央労働委員会の切な勧告によりやむを得ず、仮協定書に調印したのである。ところが調印後統一労働協約を維持することの困難な事情が一層明白になつた。(二)九電力会社は電気事業経営者会議の性格を変更し、電気事業連合会と改め、昭和二十七年十一月二十日新な規約を作成してこれを届出て、その後は九会社の特定の委任があつたときだけ九会社を代理して申請人組合と団体交渉を持つこととし、原則的には団体交渉権を失うに至つた。
三 またその後多くの従業員が申請人組合を脱退して、新な労働組合を組織し、申請人組合の実体は変更した。こういう訳で統一労働協約は到底維持できなくなつたので、被申請人らは昭和二十八年五月十五日申請人に対し、現行の統一労働協約は、昭和二十八年六月十八日有効期間満了後は、その全部について効力を存続させる意思のないことを通告した。従つて右労働協約第三十六条は事情の変更により効力を失い、これがため右労働協約も昭和二十八年六月十八日の有効期間の満了と共に当然効力を失つたと主張する。しかし凡そ事情の変更を主張するには、契約成立の際にその環境となつていた事情について、その後当事者の責に帰すべからざる事由により、当時予想されなかつた重大な変更を生じ、そのために当初考えられた契約どおりの効力の発生が、信義誠実の原則上、一方の当事者にとつて極めて不合理となつた場合でなければならない。ところが本件仮協約書に調印した当時、すでに被申請九電力会社が設立発足し、独立採算制による経営に移行していたことは、被申請人らも認めるところであつて、協約締結当時は(一)に主張するように全く予想のできなかつた著るしい事情の変更があつたことを認めるべき疏明はなく、むしろ右のような事情から独立採算制採用後に生ずる新事態は、協約締結当時既に相当程度予想されていたものと解すべく、(二)の電気事業経営者会議の性格の変更の如きは、被申請人自らがしたものであり、しかも新な電気事業連合会も、九会社の特定の委任があれば、九会社を代理して申請人と団体交渉をすることもできることは被申請人らの主張するところであるから、被申請人らに協約履行の意思があつて、統一的な団体交渉をしようと思えばなし得ない訳ではない。また(三)の従業員中申請人組合を脱退した者があるとしても、申請人組合が各地方に依然として存続することは当事者間に争がなく、その人数については争があるが、仮に被申請人らの主張するとおりとするも、協約を維持し得ないような事態に立到つたものとは認められないから、これによつて労働協約第三十六条が効力を失つたものとも考えられない。第三十六条の趣旨は、なるべく無協約の状態を避けるために、協約の期間満了後も、協約の改訂申入があり、交渉が続けられておる間は、三ケ月を限つて協約の効力を延長し、その間に協約を改訂させようとしたのであつて、もし被申請人らの主張するように、従来の労働協約が維持し難い事情があれば、右の三ケ月の期間内に新な労働協約を結べばよく、その協約が結べないときは、三ケ月の期間の経過とともに、従来の協約が効力を失うまでである。協約を三ケ月延長して無協約の状態をなるべく避けようとするこの三十六条の規定を無効とするまでの著るしい事情の変更があつたものとは到底考えられない。従つてこの点についての被申請人らの主張は理由がない。
三 そこで次に申請人の一部改訂申入により右第三十六条の規定に従い、この協約の効力がなお三ケ月間効力が延長されたかどうかを判断する。
申請人組合が同年五月十八日書面をもつて、労働協約中第七条(異動)関係及び第八条(休職)関係につき一部改訂の申入を、協約第三十四条に定める形式に従い、改訂案を明記し、かつ団体交渉の申入をしたことは、当事者間に争がないから、右第三十六条にいう「協約の一部改訂の申人があつた」ものということができる。ところが右一部改訂の交渉は、その後申請人の再三の要求にもかかわらず被申請人らが、被申請人九会社との個別的団体交渉による個別的労働協約の締結を主張してこれに応ぜず、交渉は停滞していることは、当事者間に争のないところであるが、仮に一方が交渉を拒絶しても、他方が交渉を断念せずして、その努力を続けている以上は、第三十六条にいう「交渉が続行されている間」というに妨げないばかりでなく、両者の主張するところも、要するに一方は九会社の統一的団体交渉による統一的労働協約による改訂を主張し、他方は九会社の個別的団体交渉による個別的労働契約への改訂を主張し、その団体交渉の方法や結論に意見の一致を見ないだけで、いずれも当事者間に協約の改訂について団体交渉を続けることについては異論がなく、その努力を続けているのであるから、同条にいう「交渉が続行されている間」に当ると解するのが相当である。従つて右労働協約は、第三十六条に定める「協約の全部又は一部の改訂の申入があり、交渉が続行されている間」に当るから、同条により、三ケ月延長され、昭和二十八年九月十八日までなお効力を有するものと解さねばならない。
四 次に仮処分の必要性について考える。本件労働協約には第十九条に統一団体交渉について規定しているにかかわらず、被申請人らは労働協約の失効を理由として統一団体交渉に応じないことは前に述べたとおりであり、また協約の第六章には苦情処理について詳細規定し、処理すべき苦情があるにかかわらず、被申請人らは協約の失効を理由にしてこれに応じないことが疏明されており、また第四条にはユニオンシヨツプについての約款があり、組合から脱退した者は解雇せられる旨規定されているが、申請人組合から脱退する者の多いことは、被申請人らの自ら主張するところであつて右協約条項の存続が明かでないことも、組合の分裂動揺に一つの拍車となつていることも推認するに難くはない。そのほか第六条は労働者の解雇事由を列挙してこれを制限し、事由によつては組合の意見を聞き、あるいは協議を要すると定めるなど、協約により労働者の労働条件や待遇を保証しているにかかわらず、これらの条項が失効したものとせば、組合は延長期間内に起り得るこれら労使の関係につき著るしい不安と不利益を免れない。以上の事実を総合すればこの協約が効力を失つたものと解されることは、申請人に「著るしい損害」を生ぜしめることは明かであるから、仮処分の必要性があるものというべきである。
よつて本件仮処分の請求を正当と認め主文のとおり決定する。
(裁判官 千種達夫 龍岡安正 高橋正憲)